2009年4月10日金曜日

Everybody's watching you!

今日は画像もないのに,ちょいと長いです。ご勘弁を。
ウチの子どもが通う保育園でクラス懇談会があり,ヨメが出席しました。何日か前にある子(A君)が別の子(B君)にいたずらをして,B君が叩き返したなんていう出来事があったそうです。これを見ていたB君の家族がA君を責めたところ,A君が泣きながら否定したものの,一部始終を見ていたため,「嘘をつくな」などとかなり激しく言ったとか言わないとか.....このことが懇談会で話題になってひと悶着あったそうな。こういう問題は子どもの世界では日常茶飯事とは言わないまでも,よくあることですね。ウチの学校でも似たようなことが起こってもおかしくない。担任なんかやっているといろいろ気を使います。
だけど,どうなんだろう?ウチの子が大事,ウチの子を守ろうっていう視点ではなく,みんなでどの子も一緒に育てようって視点で見ると,自分の子どもがやられていても,やった方の子を責めるんではなく,キチッと叱ることができるんじゃないだろうか?「責める」と「叱る」はぜんぜん違う。「叱る」っていうのは,いわゆる教育的効果を狙って指導するわけですよね。昔はそういうのが普通だったんじゃないだろうか。今,他人の子どもを叱れる親がどのくらいいるか??言われてみりゃぁ,自分でも難しいかな?とは思います。ただ,仕事として教員なんてやっていると自分とこの学生たちは,いわゆるよその子であって,それは叱ることもあるわけよね。立場が変わると普段できないこともできる,なんてのもちょっと変な話です。
で,何がいいたいかというと,自分も含めて,我々はもっと広い視野をもって,大人みんなで全部の子どもたちを育てていくんだという立場に立ってみるのもいいんじゃないかと,改めてそうすべきなんじゃないかと思った次第です。
実際,先日の入学式のときに,クラスの保護者のみなさんに向かって僕は偉そうにこんなことを言ったわけです。「学生本人と学校と家庭がタッグを組まないと良い学生教育はできません」と。これって本質的に根っこは同じなんじゃないだろうか?僕はクラスで44人の学生を預かっている。彼らを育てていくのには僕ら教員だけの力ではどうにもならない。もちろん,学生本人の力も大事。学生たちが互いに協力し合うのも大事。そして,学生の親の力も当然必要。このときに,自分の子どもだけを見るんじゃなくて,44人全員に目を向けてみましょうよと。みんながみんなの子どもなんだよと。そういう立場に立つと,なんだか少し視界が開けるような気がするし,学級そのものがひとつのコミュニティとしてまとまっていくような気がするわけです。
自分も自分以外の子どもたちを気にかける。それと同時に自分の子どもも,他のたくさんの親たちに気にかけてもらっている。これって,やっぱり安心なんじゃないだろうかって気がするわけです。どうですかね??理想論かもしれないけれど,我々の世代が取り戻すべき「失われしもの」なんじゃないだろうかと,そんなことを考えたわけです。
3月にフィンランドに出張したんですが,フィンランドは大学でも学費が全員タダ。その分税金なんかが高くて,それで賄っているのかもしれませんが,これって国民全員で若者の教育を面倒みようと,そんな大思想の下に実現されている政策のような気もするわけですよ。そんな視点が今の我々には欠けている。今のこの国に欠けているんじゃないかと。。。
昨日の夜は,まぁ,そんなことをヨメとディスカッションしまして,子どもを寝かせるのが遅くなり,それで今朝,子どもを送りに行くのが遅れ,学校にも遅れそうになったっちゅうことなんですけど(ぎりぎりセーフだったけど)。子育てって大変だけど,いろんな人がいろんなことを言い合うことで少しは楽になるのかもなぁ,とかいろんなことを考えさせられました。
これを読んでる保護者の皆さん,ウチのクラスだけでも,何かこんなような取り組み,やってみませんか?何をやればいいのかよく分かりませんが,もうちょっと考えてみたい問題です。いやぁ,しかしこういう問題が起こると,一番勉強になるのは先生だなぁ,と思いますね。保育園の先生方,いつもほんっとにお世話になっております。長くなりました。これにて失敬。

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