2019年8月20日火曜日

深読み

伊勢角屋麦酒の鈴木成宗社長の著書「発酵野郎(新潮社)が出版されている。
すでに大きな注目を浴びているが,ボクもじっくりと読んでみた。2回
1回はまず通しで。2回目は気になったところをチェックしながらじっくりと。

鈴木さんは日本のみならず海外でも活躍するビアジャッジでもあり,僕も海外の審査会で度々ご一緒させていただいている。僕が主催するビアジャッジングの勉強会に参加していただいたこともある。鈴木さんの車で伊勢を案内していただけたのはもう7年くらい前になるかな?歳もほぼ同じ(鈴木さんが1コ上)なので,それなりに親しくさせていただいているつもりだ。

通しで読んで思ったのは,鈴木さんはやはり学者肌だということ。事実,社長業の傍ら,三重大学で博士の学位を取られているし,いい意味でも悪い意味でも,僕らのメンタリティーに近い。多分,僕より学者に向いている

著書の中には,僕が普段学生に言っていることや今後伝えたいことも多い。それに,ビール業界においても注目すべき内容が少なくない。

ぜひ多くの方に目を通してほしいので,僕の気になった部分を僕なりに咀嚼しながら少し紹介しよう。

まず,僕自身も学生たちに伝えたいことについて。

「ビールの世界も他のモノづくりと同じで,少しでも妥協すれば一気に味は落ちる」
これはアカデミックな世界における研究や産業界における開発でも同じだ。研究やものづくり,うちの学校でいればロボットコンテストやプログラミングコンテストなどに携わる学生たちにはぜひ肝に銘じてほしい。

研究に役立つという意味では,次のような記述もある。鈴木さんが学生時代に恩師からいただいた言葉だ。
「最善をつくすために考え尽くしたのか?必要な材料を集めたのか?当てずっぽうでやるな。ファクトにもとづけ。」
研究や開発は事実の積み上げに基づく。特に工学においては。

努力も重要だ。鈴木さんが最初にビール醸造を始めた頃の話。
「そもそも知識がないので,文献を片っ端から読んで勉強した」
地道な努力は絶対に無駄にならない。その量が人よりも多ければ,その努力量こそが個性になりうる。

ビール造りがうまく行かなかったときの対処法について。
「経験やデータをもとに因果関係をはっきりさせるが,それらがなければ一つずつ探る」
これなんて,プログラミングにおけるデバッグそのものだし,研究や開発が行き詰まったときの対処法にもそのまま言えるだろう。

人間の成長には,その人自身の努力が重要なことは言うまでもないが,出会いも重要だ。
「多くの人は素晴らしい人や人生を変えかねない人にすでに出会っている。重要なのは自分がそれをつかむかつかまないかの差。」
僕自身も自分のターニングポイントとなったときには重要な出会いがあったよなぁと思うし,今の僕を形作っているのは大学の教員になってから出会った人たちと,彼らと共有した経験に他ならない。チャンスは自分がつかんで初めてチャンスになる。眺めているだけで何かが降ってくるような奇跡はそうは起こらない。

また,次の言葉は僕自身がかつて恩師からいただいた言葉と似ていたのでハッとさせられた。鈴木さんがある経営者から言われた言葉だ。
「あなたに足りないのは自らを過信することや」
前にもココで書いたような気がするが,僕が恩師に言われたのは「謙虚に,だが大胆に。」ということ。自信をもって前に進むべき,しかし,傲慢になってはいけないということだ。ただ,言った本人はあまり覚えていないんだそうだけど...。

学生に限ったことではないが,積極性に欠けるあまり本来の能力を十分に発揮できない人をよく見る。鈴木さんが初めて英語で海外の審査会に行ったときのこと。
「何かやりたいときには実力が伴わなくても手をあげるべき」
そのとおりだと思う。実力は経験とともに備わる。日本人が海外で活躍できない一因もここにある。出る杭が打たれるとは限らない。自信を持つことは悪くない。
こんな記述もある。
「他のビールを認めた上で「俺のビール最強」という醸造家が生き残っている」
これこそまさに,謙虚さと大胆さを持ち合わせている好例だろう。

経験値という意味では次の記述も興味深かった。
「料理は時間と分量と温度を間違えなければ誰でもできる。科学の実験だよ。」
「マニュアル通りにやれば,誰でも70点ぐらいのビールはつくれる」
僕はよく料理をするが,昔はレシピを見ながら慎重に作っていた。まさに科学実験。ただ,そのうちにが働くようになってきたし,自分なりのアレンジも効かせられるようになってくる。これが経験値。これは研究の世界でも同じ。最初は教科書どおりにしかできなくても,経験を重ねると独特の勘が働くようになる。それにより,他と違う何かが生まれる。これがアマチュアとプロの違いなんだろうと思う。ま,ボクの料理は家庭内のものなので,あくまでもアマチュアだけどね。

ちなみに僕は自分のことをwell-educatedな数学のエンドユーザと呼ぶことがある。その意味で興味深かったのが,次の記述。
「ビールの品質改良を突きつめると引き算と足し算。積分といえども掛け算の無限の足し算であり,掛け算は有限の足し算の集まり」
やっぱり鈴木さんは理系の研究者だ。たぶん,いい教員にもなれる。そんな鈴木さんに「小嶋センセイ」とか言われるとちょっとこそばゆい(ちなみにカタカナ表記の「センセイ」はボクの中では漢字で書く「先生」の謙譲語である。)。


ビール業界,特にクラフトビールを取り巻く状況に関しても注目すべき記述が多い。
前世紀末,いわゆる第一次クラフトビールブームの頃の状況について,こんな記述がある。
「クラフトビール文化が醸成されておらず,お客さんの舌も肥えていない」
「多くの造り手が素人だった」
「オリンピックやサッカーのワールドカップならまだしも,AIBAで金賞と言っても1000人にひとりも意味を理解していない」
などなど。今は,全国に次々にビール醸造所ができ,その数は400に及ぶ。メディアにも多く取り上げられるようになり,何度目かのブーム再来とも言われている。ただ,それでもマーケットシェアはせいぜい1%そこそこだし,新しい醸造所の中には品質に問題を抱えるところも少なくない。上のような記述は程度の差こそあれ,依然としてそのまま今の時代にも当てはまるのではないだろうか?

そして彼はこうも書く。
「狭い市場を狡猾に取り合うよりも,パイを大きくすればみんなが幸せになれる」
僕もそう思う。というか,これこそが健全な自由競争の下地になるんだと思う。ちなみに研究においても,僕らが論文を発表するのは,思想を共有(シェア)することが目的であってまさにこれに当たる。情報共有の果てに発展がある。


伊勢角屋麦酒は今では世界的な評価も手にし,出荷数も右肩上がりで成長を続けているが,そのような状況の中でも鈴木さんは新しいチャレンジをやめない。
「日本らしさを前面に打ち出したビールをつくってみたい」
とのこと。実は,ボクなんかも時々,「そろそろ日本独自のビアスタイルを作ってもいいのではないか?」と話すことがある。ただ,ビアスタイルは明確に定義された「ものさし」でなければならないが,おそらく,ここで鈴木さんがおっしゃっているのはもっとアナログというか情緒的なものなんじゃないかと想像する。日本のブルワリーの中には日本固有の副原料を使ったり,伝統的な味付けにあったビールを模索したりする動きは確かにある。でも,そうではなく,日本人にしかわからない「日本風」なもの,がビールで表現できたらおもしろいなぁ,と思う。ぜひ,鈴木さんには挑戦していただきたい。たぶん,ビアスタイル的にはどこに入れていいのか迷うものになるだろうけど。


ということで,書籍全体を2度にわたって通読したが,非常に楽しく読むことができた。ぜひ,みなさんも手にとってみてほしい。ビールに興味がなくても,未成年の学生さんでも,必ず何か,感じ取れることがあるはずだ。

ちなみに,秋にはボクの本も出る予定です。
これについてはまた別の機会に。


追記:巻末にはビールの醸造プロセスやビアスタイルに関する補足があった。
ポーター(イギリス発祥の黒ビール)のところでは,ポーターはローストした麦芽を用い,一方,アイルランド発祥のスタウトは発芽しない大麦を焦がしたローストバーレイを一部使用すること,さらには,これの二つのスタイルについて醸造家の間でも両者の線引きが曖昧,であると書かれていた。やっぱ,そうですよねー。


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