終了後の懇親会ではちょっと呑みすぎました。ま,呑まれるところまではいかなかったけれど。東大の寺井先生のご自宅がボクの家と近いということで,駅から家の近くまで車で送っていただきました。寺井先生,奥様,ありがとうございました。
東京都八王子市にある東京高専情報工学科の小嶋です。 1年間の在外生活ですっかりOZモードになってしまった体内時計と日本式ライフスタイルとの間であえぐ様子を,とくとご覧ください。
2009年5月19日火曜日
ぱ、ぱらすた…
終了後の懇親会ではちょっと呑みすぎました。ま,呑まれるところまではいかなかったけれど。東大の寺井先生のご自宅がボクの家と近いということで,駅から家の近くまで車で送っていただきました。寺井先生,奥様,ありがとうございました。
2009年5月18日月曜日
研究打ち合わせ
今日は,共同研究を行っている(株)モバイルテクニカのIさんと学生2名との4名で研究の打ち合わせを行いました。具体的なことはここでは書きませんが,モバイルテクニカの関連技術と,これまでウチの研究室で取り組んできたものが良い意味で溶け合って,面白いシステムが開発できそうな気がします。学生もなんとなく乗り気だったのでよかったよかった。
ボクもいろいろな研究をしていますが,自分自身の研究はどちらかというと通信理論だったり,符号系列だったり,信号処理だったりと,どちらかというと数理系のものが多いです。一方,学生の研究テーマとして提供しているのは,そういう数理的なものもあるけれど,実際にシステムをくみ上げたり,アプリケーションを開発したり,という実践的なものが多い。この辺は,学生の意向や能力に合わせていろいろさじ加減が必要なところなんですね。高専に来る前は,こういう実践的なことに携わるとは全く予想もしていなかったけれど,ここ何年も積み重ねてきて自分の研究の幅,というか視界が少しずつ広くなってきたような気がします。これはこの後も自分の武器になっていくんだろうなぁ,という気はしますね。
ブログに研究の話題があんまり出ませんねぇ,なんて声もあって,こういうことも書いてみたけれど,大人の事情もあって,細かいことまでは書けないのよね。というわけで,今日はこの辺で解散!
ボクもいろいろな研究をしていますが,自分自身の研究はどちらかというと通信理論だったり,符号系列だったり,信号処理だったりと,どちらかというと数理系のものが多いです。一方,学生の研究テーマとして提供しているのは,そういう数理的なものもあるけれど,実際にシステムをくみ上げたり,アプリケーションを開発したり,という実践的なものが多い。この辺は,学生の意向や能力に合わせていろいろさじ加減が必要なところなんですね。高専に来る前は,こういう実践的なことに携わるとは全く予想もしていなかったけれど,ここ何年も積み重ねてきて自分の研究の幅,というか視界が少しずつ広くなってきたような気がします。これはこの後も自分の武器になっていくんだろうなぁ,という気はしますね。
ブログに研究の話題があんまり出ませんねぇ,なんて声もあって,こういうことも書いてみたけれど,大人の事情もあって,細かいことまでは書けないのよね。というわけで,今日はこの辺で解散!
2009年5月16日土曜日
カモ
2009年5月15日金曜日
2009年5月14日木曜日
時間に追われて...
いやぁ,昨日今日と,時間があったはずなのに,いろいろと雑事に追われて,片付くべき仕事がぜんぜん片付きません。どうしても家に仕事を持ち帰って,夜中こなさないと処理できないような状況です。困ったにゃぁ。明日も時間はあるはずなんだけれど,果たしてどうなることやら....今日はかなり疲労もたまっているので,この辺でペンディングにします。つまらん内容ですんません。
2009年5月12日火曜日
NOという力
今日は少しまじめな話を。
みなさんは自分ができないこと,わからないことに対して,素直にNO!と言えますか?これはすごく単純なことがですが,すごく難しいことです。ものごとに対してすごくまじめで熱心だったり,あることに対する自負心やプライドがすごく高かったり,あるいは,周囲の眼をとても気にする人にとっては本当に難しいことです。
かくいう僕も十分できているかというと,「100%」No!と言えます,とはなかなか言い難い。例えば,自分自身現在,学校の中でも外でもかなりの仕事を抱えています。それぞれ単発では引き受けることが可能でも,すべてが同時に自分の身に降りかかってくると,定められた時間内に求められた成果を出せないこともあります。成果を出せないと,自分が困るだけではなく,関係する人たち全員に迷惑や不利益を与えることになってしまう。社会的に責任のある仕事になればなるほど,その重要性は高まります。
学校生活でも同じ。学生に我々が何かを教えて,「OK?」と聞いて,学生が「Yes」と言えば,我々はそれをある程度信用するしかないわけです。ただ,それを信用してそのまま研究指導や学習指導を続けてしまい,後になって,実はぜんぜん理解していないことが分かると,それまでにかけた時間と労力がすべてゼロになってしまいかねない。これは,貴重な時間をドブに捨てたに等しく,実際上も精神的にも非常に苦痛になります。
だから,学生には,本当に理解したときだけYes!と言って欲しい。分からないときは分からないとはっきり言って欲しいわけです。
逆に我々教える側も,神様や仙人じゃないんだから,学生のリクエストや質問に対して100%十分な対応ができるとは限らない。そういう時ははっきりとNo!と言えなくてはいけないと思っています。ですから,学生に対しても自分が自信のないことははっきり「よくわからん」ということがあります。特に新しい研究を進めているとそんなことにはよく出くわすし,よくわからんことを一所懸命学生と一緒になって考えて前へ進むことが研究そのものだとも思います。学校は学ぶ場であり,前の見えないことを考えて研究する場でもあります。
そこで「分からない」ということは決して恥ずかしいことではない。学校では教育サービスを受ける側も提供する側も互いに情報交換しながら学んでいるのだと思います。学生に物事を教えながら我々自身が学ぶことも多いんです。だから,我々教員もわからないことを「わからない」と素直に言うことは,程度にもよるけれど,決して恥ずかしいことではないと思う。「できないことははっきりできないと言う」ことはとても重要だと思います。もちろん個人としてだけではなく,学校や会社など,組織全体としてもそういうことを公式に表明することはきわめて重要だと思う。一瞬の不利益を避けて取り繕ったがために,後で大きな損失につながることにもなりかねないと思います。
なんで今日,こういう話をしたかというと,今朝のある新聞記事を読んで,こういうことを連想してしまったことと,今日会議でこういう話題に関することを議論したからです。その新聞記事が何か,会議の議題が何かについてはここでは特に書きませんが,自分の守備範囲をしっかり把握して,できることとできないこと,わかることとわからないことを理解し,それを外部に対しはっきり表明すること。これは円滑なコミュニケーションを取りながら共同で何かを進めていく上で,また社会的な責任を果たす上でとても重要なことだと思うわけです。
えー,十分長くなりましたが,これ以上長くなっても困るので,この辺で終わります。
追伸:専攻科生のH君,ブックマークどうもありがとう!
みなさんは自分ができないこと,わからないことに対して,素直にNO!と言えますか?これはすごく単純なことがですが,すごく難しいことです。ものごとに対してすごくまじめで熱心だったり,あることに対する自負心やプライドがすごく高かったり,あるいは,周囲の眼をとても気にする人にとっては本当に難しいことです。
かくいう僕も十分できているかというと,「100%」No!と言えます,とはなかなか言い難い。例えば,自分自身現在,学校の中でも外でもかなりの仕事を抱えています。それぞれ単発では引き受けることが可能でも,すべてが同時に自分の身に降りかかってくると,定められた時間内に求められた成果を出せないこともあります。成果を出せないと,自分が困るだけではなく,関係する人たち全員に迷惑や不利益を与えることになってしまう。社会的に責任のある仕事になればなるほど,その重要性は高まります。
学校生活でも同じ。学生に我々が何かを教えて,「OK?」と聞いて,学生が「Yes」と言えば,我々はそれをある程度信用するしかないわけです。ただ,それを信用してそのまま研究指導や学習指導を続けてしまい,後になって,実はぜんぜん理解していないことが分かると,それまでにかけた時間と労力がすべてゼロになってしまいかねない。これは,貴重な時間をドブに捨てたに等しく,実際上も精神的にも非常に苦痛になります。
だから,学生には,本当に理解したときだけYes!と言って欲しい。分からないときは分からないとはっきり言って欲しいわけです。
逆に我々教える側も,神様や仙人じゃないんだから,学生のリクエストや質問に対して100%十分な対応ができるとは限らない。そういう時ははっきりとNo!と言えなくてはいけないと思っています。ですから,学生に対しても自分が自信のないことははっきり「よくわからん」ということがあります。特に新しい研究を進めているとそんなことにはよく出くわすし,よくわからんことを一所懸命学生と一緒になって考えて前へ進むことが研究そのものだとも思います。学校は学ぶ場であり,前の見えないことを考えて研究する場でもあります。
そこで「分からない」ということは決して恥ずかしいことではない。学校では教育サービスを受ける側も提供する側も互いに情報交換しながら学んでいるのだと思います。学生に物事を教えながら我々自身が学ぶことも多いんです。だから,我々教員もわからないことを「わからない」と素直に言うことは,程度にもよるけれど,決して恥ずかしいことではないと思う。「できないことははっきりできないと言う」ことはとても重要だと思います。もちろん個人としてだけではなく,学校や会社など,組織全体としてもそういうことを公式に表明することはきわめて重要だと思う。一瞬の不利益を避けて取り繕ったがために,後で大きな損失につながることにもなりかねないと思います。
なんで今日,こういう話をしたかというと,今朝のある新聞記事を読んで,こういうことを連想してしまったことと,今日会議でこういう話題に関することを議論したからです。その新聞記事が何か,会議の議題が何かについてはここでは特に書きませんが,自分の守備範囲をしっかり把握して,できることとできないこと,わかることとわからないことを理解し,それを外部に対しはっきり表明すること。これは円滑なコミュニケーションを取りながら共同で何かを進めていく上で,また社会的な責任を果たす上でとても重要なことだと思うわけです。
えー,十分長くなりましたが,これ以上長くなっても困るので,この辺で終わります。
追伸:専攻科生のH君,ブックマークどうもありがとう!
2009年5月10日日曜日
だんだら
えー,昨夜の舎監は滞りなく終了しまして,今朝,再びチャリンコにて自宅へと戻りました。今日は朝から日差しが強かったですね。気持ちよかったけれど。さて,学校から自宅へ帰る途中,高幡不動尊の前を通るんですが,今日,「新撰組まつり」だっていうことをすっかり忘れていました。お不動さんの前がすごい人だかりで交通整理をしていた。ちょうどパレードが出発する時間と重なったようです。午前10時すぎのことです。しかし,お祭りの中に一緒に入ってしまえばいいんでしょうが,一歩引いて観察すると,異様な光景ですよね。昨年度の土方歳三コンテストで優勝したおじさんともすれ違いましたよ。ええ,ひのチャンネルで見て顔を知ってましたから。今年は土方の140回忌ですかぁ。って,そういう言い方すんのか???
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